デザイナー・glicoが語るWAGANSE STORY 第9話 〜サンローランブランドとの別れ~

こんにちは。WAGNSE帽子デザイナーのglicoです。

今日は大好きな大好きなサンローランとの突然のお別れについてお話いたします。

初めに イヴ・サンローランについて 

イヴ・サンローラン(Yves Saint-Laurent193681日にフランス領アルジェリアで保険会社勤務の両親のもとに誕生しました。17歳の時にパリジェンヌ・クチュール組合学校(ファッションデザイナー学校)に入学。3ヶ月のコースが終了する頃に行われたデザインコンクールのドレス部門で最優秀賞を受賞します。ちなみに、この時ドレスを裁縫したのがジバンシィ、毛皮部門の受賞者はカール・ラガーフェルドだったんです。すごい面々ですね。

 

そして、このコンクールがきっかけとなり、サンローランはクリスチャン・ディオールと出会うことになります。ディオールはサンローランの才能に感銘を受け後継者として育て始めましたが、3年後の1958年クリスチャン・ディオールは急逝してしまいます。

 

サンローラン 21歳。 

Christian Dior 主任デザイナー就任。

ディオール急逝直後の初めてのショーで“トラペースライン”を発表しました。かわいらしいこのルックはとても好評で翌日の新聞に“イヴ・サンローランはフランスを救った”と載ったほどだそうです。

トラペーズライン

 

しかし、1960年のアルジェリア独立戦争がきっかけでサンローランはディオールを去ることになります。

 

そして・・・

YSL設立 

1965年 “モンドリアンルック”

1966年 “スモーキング”

1968年 “シースルー”“サファリルック”“パンタロン”

と次々に発表していきます。今では広く一般的なスタイルですね。                                                

 

モンドリアン

スモーキング

シースルー

サファリ

そんな華々しい活躍を経て時代は怒涛の1990年代へ

その頃はブランドの買収が頻繁に行われており、イヴ・サンローランもサノフィ・ボーテ社に買収されてしまいます。そして、サノフィ・ボーテ自体も買収され、、サンローランのプレタがなくなってしました。そして私のデザインのお仕事も1999年に終わりを告げてしまうのでした。

 

今思い出してもとても辛い記憶です。

その後は脱力感で帽子に全く触れない数年間を過ごしましたね。。

 

次回はちょっと燃え尽きてしまった私のお話をさせていただきます。そうは言ってもその時があるから今がある!

どうぞお楽しみに!